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夫婦日記。

34歳パート主婦。夫のココロ、元気にします!なりたい自分になるために。

親孝行。

お出かけ

こんばんは。大野なおです。

 

祝日の今日、名古屋から両親が

上京してきてくれました。

 

夫の転勤で私が名古屋を離れて

約3年。

年に1~2回は帰省するように

していますが、両親が上京して

くれたのは初めてのこと。

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私の両親は、私が思春期の頃、

突然、不仲になりました。

母親が父親と同じ空間にいると

突然吐き気におそわれるように

なったのです。

 

私はとても戸惑いました。

 

日々母親の辛そうな姿を目にし、

父親、母親、両方好きだった私は、

いつしかすっかり母親寄りに

なっていきました。

 

両親は離婚するわけでもなく、

家庭内別居のような状態が

何年も続きました。

 

その間、

私は母親と親友のような関係になり、

父親とは言葉を交わすことが

なくなりました。

 

私は高校を卒業後、県外の大学へ

進学しました。

 

とにかく家を出たかった。

 

 

母親は、いつの間にか父親

もとのように会話ができるようになり、

えずくことはなくなっていました。

 

しかし、私が父親と言葉を交わす

ことはありませんでした。

 

父親と交わらなくなって、15年。

 

 

父親が亡くなり、大泣きしている夢を

何度も見ました。後悔している夢を

何度も見ました。

 

この夢を見るたびに、父親との

関係をなんとか修復したいと

願ってきました。

 

ずっと無視し続ける娘に対し、

何も言わず、何不自由ない

暮らしをさせてくれた父。

 

 

感謝の気持ちを伝えたかった。

 

 

それでも素直になれない私は、

手紙を書くことから始めてみました。

父親にときどきメールを送るように

なりました。

父の日には、ささやかなプレゼント

を送るようになりました。

 

面と向かって話をするのは

いまでも苦手です。

 

それでも、今日、

両親を東京観光で楽しませて

あげることができました。

ここまでくるのに20年以上

かかりました。

 

あいにくの雨でしたが、

とても思い出深い一日に

なりました。

 

ホテルのチェックインを済ませ、

両親を乗せたエレベーターが閉まる

瞬間、思わず涙がでました。

 

両親を大切にしよう。

できることをできるときに

精一杯しよう。

 

そう思えるようになったのは、

夫と出会い、

新しい家庭を持つことが

できたから。

 

本当の意味で、

自立することができたんだと

思います。

 

すべてのことに

ありがとう。

 

どうかどうか、

これからも元気でいてください。